論破は勝ち負けじゃない―相手の沈黙が承認とは限らない

こんにちは!三島一人です!
今回は、「論破」「話し合うこと」について書きます。
場面や状況・立場によって変わるし、ご意見もあるかもしれませんが、
私の一つの考え方として読んでいただければと思います。

論破は本当に「勝ち」なのか

過去に、会話の中でとにかく論破することに重きを置く方がいました。
相手が黙れば「自分の主張が認められた」と思うようで、納得の確認というよりも「相手を打ち負かすこと」に強いこだわりを持っていたのです。

しかし、相手が話をやめたからといって、本当に承諾しているわけではありません。
単に「これ以上話しても無駄だ」と感じ、話を放棄しているだけかもしれません。
その沈黙を「勝利」と勘違いしてしまうと、関係性が壊れてしまうことがあります。

ビジネスと家庭では違う「正しさ」

もちろん、ビジネスの交渉において自分の主張を通すことは大切です。
契約や条件の交渉では、譲れない部分を明確にしなければ結果的に不利になることもあります。
ですが、パートナーや家族との日常会話で、常に「自分が正しい」と押し通すことは良い関係を築くうえで逆効果になりかねません。

「正しい」とは誰か一人が決められるものではなく、
その場にいる相手とどう共有できるかが重要です。
一般論や多数派の意見が必ずしも目の前の相手にとっての正解とは限らないからです。

過去の経験から気づいたこと

私は正直、ビジネスの交渉は得意ではありません。
「人の話を聞きすぎると不利になる」と注意されたこともあります。
ですが、それでも相手の考えをできる限り受け止めることを大事にしています。
「自分のフイルターを一回通す」そんな気持ちです。

なぜなら、相手の話に耳を傾けることで「なるほど、そういう見方もあるのか」と新しい発見が生まれるからです。
自分の世界を広げるきっかけになるのは、むしろ論破ではなく対話だと思うのです。

沈黙は承認ではなく「降りた」サインかもしれない

もし自分の話ばかりを一方的にしてしまえば、相手は話をやめてしまうかもしれません。
そのときに「よし、勝った」と考えてしまうと、気づかないうちに関係は修復困難になっていきます。

大切なのは、相手が黙った理由を見極めること。
「納得している沈黙」なのか、「諦めの沈黙」なのか。
それを見誤らないためにも、相手の表情や反応を感じ取り、歩み寄る姿勢が必要です。

まとめ―対話で新しい景色を見る

「論破する」ことは一時的な満足感を得られるかもしれません。
しかし、本当の意味で人と繋がるのは自分の正しさを証明することではなく、
相手の考えを知り、自分の視野を広げることだと思います。

私はこれからも「論破」ではなく「対話」を大切にし、
日々のやりとりの中で新しい気づきを積み重ねていきたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

私は44歳のとき、まったく異なる業界から保険の仕事に入りました。
きっかけは、家計の中でも大きな割合を占める「保険料」について、 自分自身がほとんど理解していないことに、不安を感じたからです。

家なら間取りを把握します。
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それなのに、保険だけは「なんとなく」続けている。 その状態が、少し怖く感じました。

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